| 観光施設等への所要時間 | |
| 陣屋、古い街並み、赤い中橋、朝市 | 約15分 |
| 飛騨の里、飛騨高山美術館、テディベアエコビレッジ | 約20分 |
| 惣助の歴史 |
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35年前、当時高山には英語の看板や地図大きなホテルそして外国からのお客様もいなかった頃、両親は、上宝村の民家を購入した。そこは、田や畑に囲まれ花が咲き乱れていた。 その民家の当時135年の歴史の、太くどっしりとした梁や柱を丁寧に解体し、洗いそして、大きないろりとともにここ高山に”民宿 惣助”として 生まれ変わった。 両親は、曾祖父の名”惣助”をこの家に名付けた。 10年後、シンシア・メナデュさんは、オーストラリア大使の妻として日本で3年を過ごし、日本中を旅した。 帰国後、民宿の旅を自ら企画した。民宿は、日本の生活を安い値段で体験できる、格好の場所である。 彼女の手作りの民宿の旅は 多くのオーストラリア人を日本に連れてやってきた。 当然起こるさまざまなアクシデント、カルチャーショック それが、忘れられない日本での旅となり人気となった。 この35年の時代の移り変わりのなかで飛騨高山の名が世界に広がり、観光化がどんどん進む中を惣助は高山市の国際化の道ともに歩んできた。 平成の今、時代は大きく変わり多くの外国からのお客様が訪れ国際都市となり、英語標識・ガイド等のサービスが充実してとても便利になった。 その中で 改めて”シンシアの民宿の旅”のように、170年前の雰囲気の中で高山の旅を楽しんでほしい。 玉井恵子2006年4月 シンシア・マナデュー 大使夫人民宿の旅 ワルツィング・マチルダ日本をゆく (食野雅子訳・サイマル出版会) |
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![]() 移築前の惣助 |
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